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シドニー生活を発信するブログ

オーストラリアワーホリ生活を振り返る 2年目その1 セカンドビザを取る!

2nd(セカンド) 2019年8月号 Vol.149(いま乗りたいのは“ヤングタイマー”なクルマ!)[雑誌]

2016年1月1日。11週間のフィリピン留学を終えた僕は、2度目のオーストラリアワーホリに行くべく、ビザの申請をし、取得してすぐにオーストラリアへと向かうことにしました。

 

2ndビザの申請

フィリピンで豪遊し、所持金をほぼ使い果たした僕は日本で貯金するということなど特に考えず、ノーマネー状態で再度オーストラリアへ行く、という無謀な決断をしました。年末に帰国していたにも関わらず年が明けてからビザの申請をしたのも、申請費用のカードの支払いをできるだけ遅らせるという意識低い系の作戦でした。

用意したもの

ビザ申請に必要なものはパスポート、ファームで働いた証明書、給与明細、クレジットカード、全部PDFにしておきます。

f:id:kogawahayato:20170319175119j:plainファームで働いた証明。日付間違ってるけど大丈夫でした。

f:id:kogawahayato:20170319175303j:plain給与明細。大量の明細をひたすらスキャンしてPDFにまとめました。

オーストラリアの移民局のウェブサイトから申請するんですが、セカンドビザの申請フォームが見つかりません。よくわからないので試しに普通の1回目のビザ申請と同じフォームに記入して申請してみると、エラーが出た後に、「もしかしてこっちを申請したいんじゃないの?」というサジェスチョンが出ました。最初からわかりやすく書いとけよな、と思いつつ、記入、ファイルのアップロード、支払い。申請はすぐに終わりました。

ビザが下りない?

申請後、申請を受け付けました的な確認のメールが来ました。2通。

ビザを待つ間、僕は青森の実家でひたすらゴロゴロしていました。映画を観たり、オーストラリアやフィリピンの友達とビデオ通話したり…… しかし待てど暮らせどビザがおりません。帰国から3週間程が経ち、母親もそろそろ嫌な顔をし始めます。

んー、1年目のときは3日くらいでメール来たんだけどな…… 正月だからオージーは働かないのか、それともなんかミスったか、なんて思いつつ申請したときのメールを見返してみます。メールの内容は、

これは自動生成されたメールなので返信しないでください。添付してある文書をよく確認してください。

なんで同じ文章のメールを2通も送ってきたんだろうと思い、よく見てみると添付ファイルが違うっ……! 移民局は受付完了メールの1分後にビザ許可のメールを送っていただと!? はやすぎて逆に気づかないなんて……! ということでセカンドビザは1分でおりてました。つまり移民局はまったく確認もせずビザをくれたということになります。ラッキー。正月だから? ただ、受付と許可でメールの文面を変えてほしかった。無駄な時間を過ごしてしまった。

f:id:kogawahayato:20170319170629j:plain

フィリピン留学での注意

フィリピンに12週間以上滞在すると、おそらく健康診断を求められます。僕はたまたま、クリスマスと年末で学校がほとんど休みなのに金なんか払えるか! という理由で通常12週間のところを11週間の滞在にしていて健康診断は必要ありませんでした。

 

お金はないけどとりあえず行く

ビザをゲットしたので早速ジェットスターでチケット予約をして2016年1月14日、僕は再度オーストラリアへ向かうことになりました。しかし所持金は10万円にも満たない状況。1年以上海外生活をしてきたとはいえ、かなりクレイジーな行動です。

しかし日本でお金を貯めるとなれば、(青森には仕事は無いので)東京に家を借りて仕事を探して、なんだかんだで1年以上は日本から抜け出せないことでしょう。

それよりならオーストラリアに無理矢理行って、なんでもいいから速攻で仕事を見つければ、オーストラリアは基本的に1週間ごとに給料がもらえるので何とか生活できるだろうと考えました。最悪、クレジットカードでのキャッシング、オーストラリアの銀行からのキャッシングもできます。仕事さえ見つけて1週間待てば何とか生活できる。そして、前年の経験からそれができると思っていたので僕は強行することにしました。

まとめ

やりたいことが今すぐ出来ないのは本当に苦痛です。飛行機のチケットが買えるお金さえあれば本当は今すぐどこにでも行けるんですよ。社会がなかなか許してくれないんですけどね。

次回、オーストラリアワーホリ再び編! 乞うご期待。

ではまた。

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